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2008.08.04
先日、やっと天鈴の訃報をここに載せる事が出来て、少し気持ちの整理がついたのでその後の我が家の怒涛の展開について書いてみようと思います。

まず、天鈴の訃報にメッセージをくださった方々に心からの感謝を。お返事はこの後で送らせて頂きます。ありがとうございました。

勿体ぶるほどの事でもないので先に書きますと、実は今、我が家に二匹の子猫がいます。
あんなに天鈴の事で落ち込んでいたのに?、天鈴以上の猫はいないと公言していたのにもう?と呆れる方もいらっしゃるだろうなと思います。自分でも、ちょっと呆れています。

天鈴が居なくなって、数日間は何をしても涙が出て困りました。
自分でもどうかしていたと思いますが、天鈴を探して彼の名前を呼びながら家の中を歩いた事もありました。ちょっと、重症だなあと冷静な時には失笑するほどでした。
私の中では今でも天鈴が一番の最高の猫で、彼は特別です。だから、新しく猫を迎える気持ちはありませんでした。ただ、もし天鈴のように飢えて傷ついた猫がやってきたら受け入れてあげたいとか、もし自主的にお迎えするとしても、保健所や保護団体から行き場のない子をもらってこようとか、そんな事は漠然と思っていました。
そして…心の片隅に、いつか天鈴が生まれ変わって帰ってくるのではないかと言う気持ちがありました。
一方、両親は天鈴が居なくなってすっかり無口になっていました。父は猫を買いに行こうと言うほど寂しかったようです。

そんな中、友人が知人から持ち込まれた二匹の兄弟子猫里親募集の話をミクシで告知していましたが、結局里親に名乗りを挙げる人はいなくて、友人が一匹をもらう事になりました。その直後、友人宅に近所の知人が猫を拾ったから貰ってくれないかと連絡をしてきたそうです。しかし友人はすでに先約があるから無理だと断りました。するとその相手が「保健所に持って行くか、週末で保健所に連絡が取れなければまた捨ててくるから気にしないで」と言ったそうです(世の中にはむちゃくちゃな人が多いですね)。
慌てた友人はあちこちにその子猫の里親を探して電話を掛けたけれど突然過ぎる話にすべて断られ、最後にせめて話だけでも聞いてほしいと私に電話をしてきました。彼女は私が天鈴を失って二週間ほどしかたっていなかったので気を遣って連絡してこれなかったようです。
泣いている友人の話に耳を傾けながら、何故か私は目の前で天鈴の尻尾が揺らいでいるような気がして仕方がありませんでした。
寂しさを埋めようとしているのか、安易な同情なのか、自分の天鈴への愛はもう薄れているのか…短い時間にずいぶん色んな事を考えました。
状況は逼迫していると言っても過言ではありませんでした。折しも、その子猫が捨てられようとしている翌日は大雨の予報でした。生後二か月弱の子猫は到底生きながらえる事は出来ないでしょう。
「あんたがもらう約束だった猫を引き受ける、あんたはその近所の猫をとりあえず保護してくればいい」
自分が手を差し伸べて救える命があるのなら、そして手を差し伸べるだけの余力が自分にあるのなら、そこに手を差し出す事は人としてやるべき事だと考えました。
結果として、輸送距離、双方の住環境を考えて友人は近所の猫を引き受け、私は最初に里親を募集していた兄弟猫のどちらかをもらう事になり、その兄弟の写真を送ってもらいました。
携帯の画面に映し出された子猫達は小さな体で寄り添って、ちょっと不安そうでした。
保護主さんも「とても仲の良い兄弟なので出来たら一緒に引き取ってくれる里親さんを探していた」との事でした。家族と相談して、兄弟両方を引き取る事にしました。
天鈴は一人ぼっちの猫で、彼にとっては私が全てでした。私が居なければオロオロし、泣き叫んで探し、留守番中もじっと一人で堪えていました。兄弟猫ならそういう寂しさは軽減できると思いました。

話がまとまった晩に、何故か一人で泣きました。こんなにも早く、天鈴以外の猫を受け入れた自分に情けなさと苛立ちを覚えていました。たった一つの救いは、新しい猫達に対して「天鈴の代り」と言う意識がない事だけでした。天鈴を失った寂しさを埋めるためと言う意識がない分、純粋にチビ達を愛せると思いました。
猫好きが二人いて、三匹の猫が救われたら上等だとも思いました。

そうして、7月13日に新しい家族がやってきました。

003.jpg
白黒の子が「晴杜(はると)」。晴れやかにお日様と青天の恵みある生を、と願って。
茶色の子は「来杜(らいと)」。光(ライト)ある明るい未来がやってくるように、と願って。



「可愛い子猫が来て良かったね、この子達がいれば天鈴の事も忘れられるんじゃない?」と近所の人に言われました。
それは違います。何があっても天鈴を忘れる事はできません。もし、忘れる事があったら私は自分を許せません。時間が経過すると共に、天鈴を失った痛みは和らぐでしょう。でも、彼との思い出が薄れる事はないと信じています。
そして晴杜と来杜はそういう私と一緒に思い出を作っていくんだと思います。
天鈴のために買い置きした猫砂を使い、天鈴が好きだった猫缶のストックを食べ、子猫達はすくすく育っています。天鈴の遺産で育って行くねえ、と微笑ましく思う自分がいます。
不思議な事は、天鈴が好きだった場所や、天鈴が良く寝ていたイスを子猫達が好む事です。

この出会いが天鈴が見守ってくれた縁だったらいいなあと思わずにはいられません。
そう願う気持ちも、天鈴が空から見ていてくれると願う気持ちも、全ては取り残された人間の身勝手な妄想にすぎないかもしれません。いえ、ご都合主義にすがっている私の妄想にすぎません。
それでも、新たに迎え入れたこの子猫達と一緒に、新たな生活を送って行こうと思います。


そして、もう天鈴は居ませんが、ここはこのまま「天鈴の箱」として続けていこうと思います。

最後まで読んでくださった貴方に、心からの感謝を。

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